Vol.01 「和ハーブ自然園」で山菜採り

野山が緑に染まり始めた4月のはじめ。 「山菜がとれるうちにいらっしゃい」 その言葉に甘えて「土佐和ハーブ協会」の松岡さんが営む「和ハーブ自然園」に向かった。 車は高知市街の喧騒を離れ、仁淀川沿いの道を北へ北へ。「奇跡の清流」と称される透き通った紺碧の流れと、若芽を吹いたばかりの草木だけが目に飛び込んでくる。当然、車の窓は全開に。緑の香る風をたっぷり味わうためだ。 思えば、こんなに爽やかな空気の中で過ごすのはいつぶりだろう。うれしすぎて、道中ずっと風を吸っては飲み、吸っては飲み。これだけで元気になったと感じるのは、気のせいではないはずだ。

  目指す「和ハーブ自然園」は、いの町小川柳野の山の中にある。 そもそも“和ハーブ”とは、「一般社団法人和ハーブ協会」が、“身土不二”の考えに基づいて定義した、日本原産、あるいは江戸時代以前より日本に広く自生している有用植物のこと。  「定義はさておき、私は、自分の中で、“野草”を“和のハーブ”と位置づけています。シソやユズ、サンショウ、ショウガ、ヨモギ……といえば、ピンとくるかもしれません。植物は、その生きてきた環境により、さまざまなフィトケミカル(植物性化学物質)をつくり出し、進化してきましたが、それがたまたま人の役に立つものでした。私にとって和ハーブとは、フィトケミカルそのものなんです」と松岡さん。 考えてみると、人の暮らしのすぐそばに野山があったころは、わざわざ「園」をつくる必要はなく、人々はそこら辺に自然に生えている野草をつみとり、生活にとり入れていた。料理やお茶に使ったり、化粧水や虫除け液をつくったり、お風呂に入れたり、染物に利用したり……と、それぞれの植物が持つ力、つまりフィトケミカルをちゃんと把握し、それを生かす知恵を備えていたが、経済活動に価値をおく社会の中で、この豊かな知恵の伝承は途絶えてしまった。 かわりに台頭したのが、化学製品と言えるだろう。薬やサプリメントに、染料や洗剤や石鹸……など、すぐに手に入る「便利なもの」が、身のまわりにあふれている。 若い頃、抗生物質の研究をしていた松岡さん曰く、  「医薬品を含め、人がつくり出してきた化学物質には、有害なものが多く、リスクがつきものです。植物由来の生薬に関しても、確実な薬効を得ようとするあまり、有効成分のみを抽出しているので、身体に対して副作用があります。もちろん、必要な医療は否定しませんが、行き過ぎた医療行為は、自然体で生きようとする体には不要だと思います」 とのこと。たしかに、自然いっぱいの“緑の風”をおいしいと感じるわたしたちの身体はちゃんと知っているはずなのだ。自分たちの遺伝子には植物が必要なことを。

 和ハーブ自然園

和ハーブ自然園

山の斜面に沿って曲がりくねった道をのぼり、向かいに見える山の稜線と視線が同じ高さになったころ、松岡さんが管理する「和ハーブ自然園」があらわれた。植物をイチから育てる畑と違い、もともと生えていた和ハーブの生育を手助けするための場所なので、素人目には、ふつうの山の風景にしか見えないのだが、言われてみると確かに、大きな木がなく日当たりがよい。 ここでもやはり、まずは深呼吸。緑の匂いの合間から、あたためられた大地の水分が蒸気となってモワモワと鼻をつき、一瞬で体がゆるんだ。山の効果ってすごい。 私の感動をよそに、松岡さんはずんずん「和ハーブ自然園」の中へ入っていく。

 ワラビ

ワラビ

「ほら、あった」  と、指さされた先には、若芽の先をくるんと内に巻き込んだワラビがいた。山菜といえばワラビというくらい、なじみ深い植物だが、ふだん、すでに調理された茶色いワラビしか見ていないので、黄緑色の茎に赤い毛をつけ、恥かしそうに頭を垂れる姿に、正直、驚いた。こんな可憐な植物なのか。つみとるために、茎を折ったら、水分たっぷりの茎からポキッと音がなり、少々心が傷んだ。  「子どものこぶしに似ているところから、“蕨手(ワラビテ)”とも言われるの。葉っぱが開きかける、このくらいがちょうど食べごろ」 ちなみにワラビもちは、夏から秋にかけて根茎から取れるワラビ粉(デンプン)を使ったものだが、現在では、生産効率の問題から、サツマイモなどのデンプンを使用しているらしく、本物のワラビ粉を使用したワラビもちは貴重な品なのだとか。

 カキドオシ

カキドオシ

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「これはカキドオシ」 聞きなれない名前のこの植物は、角ばった茎に半円形の鋸歯縁の歯、その先には淡紫色の花をつけていた。「垣根を通して、隣家へ入り込む」ほど生命力が強いことから、「垣通」という名がついたのだそう。  「食べてみて」との言葉を受け、葉をもぎったら、ミントとバジルの間のような、さわやかな匂いが広がった。噛んでみると、ほんのり苦い。このあとを引く苦味が、薬味にぴったりなのだとか。  「これはね、血糖値の上昇をおさえる作用があるから糖尿病対策やダイエットにいいとされているの。あと、美白効果があって肌にもいい」  なんですって! もぎって握りしめていた残りのカキドオシを慌てて口の中へ放り込んだのは、言うまでもない。

 タラノキ

タラノキ

カキドオシと同じく、糖尿病の予防に効果があるのがタラノキだ。ただし、それは結果論で、薬効はそれぞれ異なる。カキドオシは血糖値の上昇をおさえる作用。一方、タラノキは腸内のブドウ糖の吸収を抑制する作用で、糖尿病の予防につながるそうだ。  「トゲつきの“オダラ”と、トゲのない“メダラ”があるけど、トゲつきのものが本来の姿。糖尿病予防には、はいだ幹の皮を乾燥させてお茶にして飲むといい」 同じ土から生えているものなのに、遺伝子によって、こうも個性が違うのかと思うと、とてもおもしろい。 また、タラノキの新芽の部分のタラノメは、春を代表する山菜の王様で、ほっくりとした食感と独特の苦味が特徴。「春の皿には苦味を盛れ」という言葉があるように、山菜の苦味は、栄養を溜め込もうとする冬の間の身体から脂肪や老廃物を排出して、代謝を活発にするサポートをしてくれているのだろう。

 ヨモギ

ヨモギ

山に目が慣れてくると、同じように見えた“緑”の中にも、いろいろな“緑”があるのに気がつく。これは何の植物だろう? これは何の仲間だろう? そんな疑問が、頭を活性化させ、自然と意欲が湧いてくるのも、山菜探しの醍醐味ではないだろうか。俄然、楽しくなって、あちらこちら見てまわると、足元に見覚えのある植物、ヨモギが。ようやく自分の目で和ハーブを発見できた喜びに、心はほくほく。まさかこんなにうれしいなんて。 それこそ子どものころには、河原や原っぱなど、いろいろなところで見かけたヨモギだが、最近とんと見かけなくなった植物のひとつだ。それだけわたしたちの生活圏から土が遠ざかっているということなのだろう。  「これも苦味が特徴だね。葉を天ぷらにしたり、まんじゅうに混ぜたり、お茶にしたり。一般的にとても身近な和ハーブです」 昔からヨモギのような香りの強い植物は薬効が高いと言われており、葉の絞り汁は虫刺されや、皮膚の炎症止めに、乾燥させた茎葉は入浴剤に。また、生理不順などの女性疾患に効果があることも、よく知られている。 一見、豊かになったように感じる社会だが、野草と遠くなった暮らしは、果たして本当に豊かなのだろうか。

 ゼンマイ

ゼンマイ

繁殖力が強く、一面に勢いよく生えるヨモギと違い、木陰の少しジメッとした斜面に、ひっそりとゼンマイが生えていた。水気の多い場所の方が居心地がいいらしく、天然物のゼンマイとなると、奥深い山中の沢の付近などの厳しい環境に生えていることが多いので、初心者には難易度が高い山菜なのだとか。  「渦をまいているのが女ゼンマイで、背が高い方が男ゼンマイ。男ゼンマイの葉のように見える部分は胞子の塊です。ゼンマイを採る場合は、来年以降も同じ場所に生えてくるように、男ゼンマイはとりません。一方、女ゼンマイは、紫外線から身を守るために白い綿のような毛がはえています。若芽を守るために自ら防御しているんです。ほら、高級な日本酒も、紫外線による劣化を防ぐために、不織布が巻かれているでしょ?」 ほほぅ、なるほど。その形になるのには、何かしらの理由があるということか。 またゼンマイは、湯通ししたあと冷凍保存も可能なので、山が恋しくなったときの保存食にぴったりだ。

 イタドリ

イタドリ

そして、忘れてならぬイタドリ! 高知ではポピュラーな常備菜のひとつで、お惣菜屋や居酒屋のメニューでも、よく見かける食材。竹のような節をもち、中が空洞になっているので、折ると「ポン」と音がする。そのため高知では「スッポン」や「スカンポ」とも呼ばれ、みんなに親しまれている。   通常は、塩で揉んだり、茹でてアクを抜いてから料理に使うのが一般的だが、松岡さんは子どものころ、生でよくかじっていたのだそう。さっそく真似してかじってみると、あれ? 苦味がない。  「固ければ皮をむくと、より食べやすくなりますよ。食感もコリコリしていておもしろいでしょ?」 昔は子どものおやつとしても、よく食べられていたというイタドリ。この「ポン」という音を聞くと、童心にかえるという人も多いのでは。

気がつくと、腕いっぱいに山菜を抱えていた。 かの有名な「花咲か爺さん」の話では「ここ掘れワンワン」で金銀財宝が出てくるが、ここ「和ハーブ自然園」でのかけ声は「ここ採れワンワン」。だって、ここにも、そこにも、山の幸がいっぱいなのだから。山菜の束から漂う野生的な匂いをかいでいると、和ハーブこそ、人がイキイキと生きていく上で大切な宝なのではという思いがこみ上げてくる。 その宝を生かす術をもっと知りたい。 昔の人が当然のように知っていた和ハーブを暮らしにとり入れる知恵を掘り起こさなくては。 ー使命感に近い心の声が自分の中に響くのを感じながら、山をおり、松岡さんの畑へ向かった。

Vol.02:畑でとれる身近な和ハーブ
 

取材・文/多田千里 写真/永田智恵
Writer : Chisato Tada Photo : Chie Nagata